人を愛しすぎてしまう人たちに祝福を

めいちゃんのブログです

全ての恋人たちへ、メリー・クリスマス。

午前5時の電話口で私は彼に

「うーん、苦しくないと恋愛じゃないよ」と言った。

菊地成孔や牧村朝子のことばを引用しながら、

「誰かをすきになるっていうのは、

自分と相手を切り離して考えられなくなるってこと

なんだと思うよ。狂って当然だ」と。

 


彼女をひとりの個人として尊重したい、

だから縛りたくない、でも苦しいんだ…

と、心細そうに呟く彼の誇り高さに、私は感服した。

 


嫉妬は、なくすべき感情じゃない。

苦しさは悪じゃない。

どうか、悲しさをぎゅっと抱きしめてほしい。

溢れ出てしまって抑えきれない感情と、

理性的であろうとする良心のせめぎ合いを、ずっと内に抱えていてほしい。

その激しい波がぶつかるど真ん中の潮目がきみの魅力だ。

それが人間の美しいところだ。君の美しさを私はずっと歌いたい。

 

 


「え〜彼氏作るのってどこがいいんですか?

だって、彼氏の誕生日に何万もかけなきゃいけないとか、

お金がもったいないじゃないですかぁ」

とホルモンをつつきながら女の子が言った。

「でもほら、自分の誕生日に同じ金額だけ返ってくると思ってさぁ、

そこはなんとか!」と隣の女子がレモンサワーを片手に言う。

 


少し考えて、しかし私は抑えきれずにこう言った。

「なんか…もったいないって思ってたのに、

突然誰かに無性に与えたくなるものなんですよ。

喜ぶ顔がみたいって思って何でも出来る気になっちゃうんです。

わたし、恋愛をする意味というものがあるとすればそこだと思うんですよ。」

 


だれかのことを好きになってしまうと、

否が応でも自分というものが変わってしまう。

今までの価値観がガラガラと崩れてゆく。

逆らおうとしても勝てないのだ。

今まで馬鹿にしてきたような

ありふれた風景に、平凡な出来事に、

じんわりと幸せを感じてしまうのだ。

 


長い列を並んでまで買うタピオカミルクティー

意外とおいしいと思えたりとか、

インスタで死ぬほど見飽きた代々木公園のイルミネーションも

なんとなく写真を撮ってしまったりとか。

だって、好きな人と一緒だから。

 


彼と一緒だとなにもかもが違って見えるの。

私、まるで馬鹿みたいでしょう?

つまんない女になったなってあの子は笑うかしら。

勢い余ってサムくてつまんない匂わせ投稿を

はしゃいでアップしてしまう私を、

あの子は女子会で馬鹿にするだろうか。

 

 

 

でも、でもさ、聞いてよ、

今までの自分が嫌いだったわけじゃないし、

むしろ結構気に入ってたけど、

ありふれたものがこんなに美しく見えるなんて

わたし、思ってもみなかったのよ。

 


変わらない自分であり続けたいと思っていたけれど、

こんな風に変わることができるのなら、それもいいかなと思える。

それでもいいかなって思えるの。

だから私は恋愛をするわ。

あなたも気が向いたらすればいいと思うの、恋を。

 


メリー・クリスマス。

全ての愛し合う恋人たちへ。

あなたたちのあまりにありふれた愛に

どうか神さまのご加護がありますように。