男に依存するのをやめられなかった女の話
その日の晩、「好きだ」と言われて、同じ言葉を返せなかった。
何度言われても、私は言い淀んでいた。
知っていた。その「好き」という言葉がいかに確信をもったものかを。
知っていた。わたしにも同じ覚悟を返してほしいと思っているということを。
知っていた。その言葉を発する人間の純粋さを。
だってそれは、今まで自分が好きな人にしてきたものだったから。
しかしその晩、私の頭の中では、
「だってまだ会って間もないし」
「そんなにお互いのことを知らないのに」
と、あまりに陳腐な考えが渦巻いていた。
ひどくびっくりした。
そんな「言い訳」は私が一番嫌ってきたものだったじゃない。
順序とかセオリーとか、あんなに馬鹿馬鹿しいと思っていたのに。
プリンセスストーリーに憧れて育った。
VHSが擦り切れるまで繰り返し繰り返し再生した。
一目見ただけで、運命の人だと分かるのだとディズニーは私に何度も繰り返し教えた。信じれば夢は叶うのだと。優しさや正しさを持つものはいつか報われるのだと。
千田有紀先生の授業を受けている友達には
「え、お前それロマンティック・ラブ・イデオロギーじゃん!」と笑われた。
私は、フェミニスト失格なんだと思った。
ドライブデートしようと約束した中野のあの酒場。
一緒に住みたいねと話した神楽坂のカフェ。
酔っ払って本当にすきだと言われたタクシーの帰り道。
ずっと好きだよと言って抱きしめた寒くて狭い部屋。
全部、ぜんぶ嘘になった。
果たされない約束に悲しむくらいだったら、と思って
私は約束事をしなくなった。
自分の言葉がいつか嘘になってしまうのが怖くて人に好きだと言えなくなった。
たくさん男の人に傷つけられて、たくさん、傷つけて、
私は「大人」になろうとしていた。
私はただ恋愛がしたいだけの女なんじゃないか。
目の前の人のことなんてどうでもよくって、男に依存したいだけなのではないか。
近頃はそんな風に思っていた。
もう、もうやめたかった。
悲しむのも、苦しめるのも、もうこれ以上。
だから、まっすぐな目で好きだと言われて私はたじろいでしまった。
あなた、そんな気だるい服着て、恋愛なんて興味ないなんて顔をしてたのに、
困っちゃうじゃない。急に、そんな…。
みんな私のこういう話はもう聞き飽きたと思うんだけどね、
私はね、結局やめられなかったの。
だから彼のことを信じることにするの。
誰かのことを好きになる自分自身の力を信じることにするわ。
男に依存するのがやめられないなんてフェミニストじゃないって笑えばいいわ。どうせ幸せになんてなれないのにって笑えばいい。
確信があるの。
これは、とても言葉では説明できないのだけど、確信があるのよ。
私、幸せになるの。
あのね、これだけは言いたい。
依存は悪いことじゃない。
馬鹿みたいに人を好きになってはしゃぐことも、
疲れきるまで何かにのめり込むことも、
全部、悪いことじゃない。
何かに依存しないと生きられないすべての人の味方でいたいんだ。
ねぇ、ハッピーになろうね。
不健康だって、間違ってるって人に笑われても、生きてこうね。
ハッピーになれるよ。大丈夫だよ。
君がきょう一日を乗り越えることがどれだけ大変なものだったのか
私だけは分かっていたいよ。
私の人生、映画のような人生にするから、みんな信じてほしい。
この世に希望はあるんだって、証明するから。
今日を乗り越えた先には未来があるんだって、
みせてみせるからさ、お願い、きみの美しさを捨てないで。
人を信じることや、未来を想像する力をどうか手離さないで。
だから、もう少しだけ待っててね。