人を愛しすぎてしまう人たちに祝福を

めいちゃんのブログです

聞いたことがありますか、人が殴られる音を。

暴力とともに育った。

 


5歳の誕生日の翌日、起きると母親がいなかった。

家の二階から、一階にいる父親に「ママは?」と問いかけると

「ママは出て行ったんだ」と言われた。

素足に床の冷たさが嫌にまとわりついていたことを覚えている。

 


両親の喧嘩はしょっちゅうで、よく私は夜中に寝室から抜け出しては

冷たい階段に体育座りをして泣いていた。

 


その日を境に、母親があの家に帰ってくることはなかった。

捨てられたんだ、と思った。

口には出せなかったけど、私は捨てられたんだ。

毎日、父親とただ泣いて過ごした。

ママはパパと私を見捨てたんだ、と思った。

 

 

 

再婚しても母親が暴力をやめることはなかった。

私は、どんどん暴力に対して無反応を装うようになった。

 


あなたは見たことがありますか。青あざでぐしゃぐしゃになった家族の顔を。

分かりますか。どんな表情でそれを見ればいいのか。

目の当たりにしたことがありますか。激しく罵り合う怒鳴り声を。

聞いたことがありますか。人が殴られる音を。

 


暴力を暴力と感じられなくなった私はただ、ただ耐えるしかなかった。

嫌だと、こんなことはやめてほしいと思うことすら、

私には許されていなかった。

怒鳴り声を聞くと、すぐ涙が溢れて止まらなくなってしまう。

嫌だと表明することは許されていないので、

泣いていることを隠すために嗚咽を必死で抑える。

暗闇の中で、物を投げる音が聞こえる。人間が殴られる音が聞こえる。

ただ、涙が止まらない。

込み上がる嗚咽を押し殺すことばかり得意になっていった。

 


ある日起きると綺麗な家具に囲まれたリビングに

ウイスキーの海が出来ていた。

机の上には酒でびしょびしょの離婚届があった。

「どうせ二度目の離婚をする度胸もないくせになぁ。」

「へぇ、離婚届って初めて生で見た。緑色なんだな。」

なんて、頭の中で必死に茶化す。

朝ごはんに食パンをトースターにかける。

妹にも食パンを用意をした。

文句なんて言えない。ここで生きてゆかなければいけない。

私は、ここで生きてゆかなければいけない。

 

 

 

高校3年、遂に私は体調を崩してしまった。

会う人会う人にひどい顔色をしていると言われた。

教室に入るのが怖くなってしまって、学校に行けなくなった。

 


夕食中、母親と話していたら過呼吸になった。

息が出来なくて、そのうち体が硬直して動かなくなった。

床に横たわりながら、この家で死ぬのだけはいやだなぁとぼんやり思った。

好きな人の顔だけを思い浮かべていた。

 


大学に入ったらこの家から逃げられる。

それだけを希望にして受験勉強をした。

志望大学に合格したが、

華々しい入学式には何にも感慨が湧かなかった。

ただひとつ、大学の寮に入った時、自分の部屋の扉を開けて

あぁもう暴力の届かないところに住めるんだ、と心底ほっとした。

 

家を出てから久しぶりに実家に帰ったとき、家には10人もの警察がいた。

瞬時に「あぁ、DVとして近所の人に通報されたのだ」と分かった。

いや、10人もいなかったかもしれない。気が動転していた。

とにかく、ここから逃げなきゃいけないと思った。

母親が、「いや、話し合いをしていただけで、そんな騒音って言われるなんて、うちじゃなくて他の家の間違いじゃないですか。」と柔和な声で警察にシラを切っていた。

あぁ、逃げなくてはいけないと思った。

妹を残して姉はここから逃げる。ごめんね。守ってあげられなくてごめん。あなたも大きくなったら逃げなさいね…

 

家を足早に出て彼氏の待つ家へと向かう。

「家に警察が来てる。近所からの通報。」というと、

彼はただお腹は空いているかを私に尋ね、夜ご飯を作って待っていると伝えてくれた。

駅へ向かいながら、やっと私は泣いた。

 

 

お母さん。私はどうしようもなくあなたが好きです。

幼いころ、一緒にペディキュアを塗りましたね。

小さくて変な色をした扇風機でそれを一緒に乾かしましたね。

扇風機にそのマニキュアがついてしまって笑い合いましたね。

いつも土曜日には青山の子どもの城に連れてってくれましたね。

お昼ご飯に買ってくまい泉カツサンドが大好きでした。

 


お母さん。

私はあなたに愛されたかった。

あなたの優しさを嫌という程知っています。

あなたの途方も無い努力と、正義を守る姿を尊敬しています。

 


お母さん。

私はあなたを憎んでいます。

どうして、どうして私を助けてくれなかったんですか。

お母さん。私はあなたを愛したかった。

 


でももう、取り返しはつかないのです。

あなたに会うと、まだへらへらと笑ってしまう私がいるけれど、

もう、もう終わりです。

私はあなたのことをずっとずっと憎み続けます。