血の滲む身体で、あるいはルッキズムについて。
小学生の頃、父親の車に乗せられてついた先は大きな病院だった。
その頃のわたしはひどいアトピー持ちで、お風呂に入ればお湯が傷口に染みてよく泣いていた。
父は、診察室に入るなり娘を入院させてくれと頼み込んだ。私は何も聞かされていなかったから、大変驚いた。驚いたが、抗議することなく私はただ父親の隣で黙っていた。
その時、入院にこそならなかったが、私は父に言われるがままに色々な治療法を施された。
食事療法をはじめとして、苦い漢方を煮出して毎晩飲んだり、夜中に搔きむしらないように手袋をはめさせられて寝たりしていた。
当の本人はというと、病気を治すことにまったく興味がなかった。私にとって病気は物心ついたころからずっとあるもので、受け入れざるを得ないものだと思っていた。大根の葉を煎じて飲まされたりもしたが、それが効くとは微塵も思っていなかった。ただ、父親の言う通りにした。
肘の裏や首、脇なんかが常に荒れていて、よく服に血がついた。「血が出てるけど大丈夫?」と訝しげにクラスメイトに聞かれるのはまだいい方で、時には「感染る」と笑われたりしていた。
その言葉に、私は「傷ついた」とは思っていなかった。
ただただ、私の体は醜いのだなと受け止めた。
髪がさらさらで、かわいい文房具なんかを揃えてる女の子たちと私は、違う人間なんだと漠然と思っていた。(センスのいい女の子たちはどこで買っていたのだろう?未だに疑問だ。)
みんなHey!Say!Jamp!でどの男の子が好きかを話していたし、私はというとめっぽうその手の話題についていけなかった。
母親は、「私に似てあなたはスタイルが悪いけど、病気ひとつせずに丈夫ね」と言い聞かせて私を育てた。
今考えると小さい頃からずっとステロイド(アトピーに効く強い薬)を処方してもらっていたのに、おかしな話である。しかし私はその言葉が真実だと思っていた。
醜い体だと思っていた。まぁそんなものかと諦めていた。
中学に入学し、私は戸籍を移すことでママ母のイジメから逃れた。そこからはまたDV地獄だったが、あっさりアトピーの症状が軽くなった。アトピーという病気は原因がまだはっきり分かっていないようだが、私の場合は「ストレス」がはっきり病状に出ていたと思う。
私が家庭で受ける理不尽と、その不平を言葉にできない分だけ、体に傷が出来て血が服に滲んだ。
昔の自分を思い出すと、今からは考えられないほど地味な服を好んで着ている。出来るだけ体のラインが出ない服。ピンクやフリルは絶対に着なかった。体が血だらけで、スタイルのよくない私は、「女の子の服」を着てはいけないと思っていた。
私を救ったのは、服だった。
地元の服屋に通うようになると、店長のお姉さんが顔を覚えてくれて、色々と服を勧めてくれた。
似合わないと思いながらも彼女の勧めで少しずつ女の子らしい服を着てみる。マニッシュなジーパンしか履かなかった私が、ちょっと体のラインが出るような服を着てみては「意外とサマになるな」と鏡の前で納得して、女性らしい服もちょっとずつ挑戦できるようになった。
派手に脚が出る真っ赤なミニスカートなどは、彼女が褒めてくれるから買えたのだ。
ヒールを履けば、びっくりするほど脚が長く見えるし、体型に合った服を着れば自分の体の見え方もがらっと変わった。
お母さん。あなたは私のことをスタイルが悪いと言っていたけれど、あなたと私の体はどうやら違うみたい。
あのね、私はね、自分の体を醜いとは思わなくなったよ。
実はアトピーは完治してなくて、まだ血が出たりする。でも私は自分の体が好きになった。
今日、ジェルネイルを買った。
幼い頃、爪が伸びていると傷が増えるから、と深爪すぎるくらい短く切り揃えられていた自分の爪がずっとずっと嫌だった。朝起きると指と爪の間にべったり血がついている。
でも、あるとき爪を伸ばしてマニキュアを塗れば「可愛い女の子の手」になれると気づいてから、たくさんの色のマニキュアを集めた。鮮やかなピンクやブルーを塗ったら、全然違う自分になれたように思えた。
私はまだ、病気とともに生きている。
自撮りを上げればブスとなじられたり、太ってるだのなんだの言われたりもするけど、あんまり人の声が気にならなくなった。
人が私の容姿をどう言うかは、私の体を損ねたりはしないって、少しずつ思えるようになったよ、だいぶ時間をかけてね。
私は、病気とともに生きている。
病気とともに生きてゆく。
呪いの言葉を吹き飛ばそう。
君は綺麗だ。私は美しい。
誰が何と言おうと君の美しさは損なわれない、絶対。
もし一人で呪いを解けないのなら、
私が手を貸すよ。
君の自傷の跡でいっぱいの腕を手繰り寄せよう。
ママやパパに言われた心無い言葉に泣かないで。
褒めてくれる愛おしい友人の言うことに耳を傾けてよ。
街ですれ違う俯いた子どもたちに微笑みかけよう。
一輪の花を持ってバスに乗りこむおばあちゃんにも微笑みかけよう。
いつか君にもきっと微笑みかけるよ。